「才能があるか?無いか?」の議論はバカげている。
それは、他人からの評価でしかないからだ。
人が、「あの人は才能がある」という時は、相対評価で見ている。
人より抜きん出ているということで、そういう表現をするが、
では、人より抜きん出ていることしか認められないんだろうか?
人並みでは、認められないんだろうか?
才能が無いと思われることや、人並みに出来ないことでも、
本人が嬉々としてやっているならば、それでいいのではないだろうか?
うまくいってない人を見て、
「才能ないよなぁ…」
「違うことやればいいのに…」
と言う場合があるが、
もし本人が楽しんでそれをやってるのであれば、
それは、本人に向いているということなのだ。
その時の“才能”とは“楽しむ”ということなのだ。
向いているいないに関わらず、
“物事を楽しむ”という才能なのだ。
仕事につながること、お金になること、
生産性がある、目に見える特別な能力…
そういう捉え方をすると、
「自分には才能が無いのだ…」
と落ち込むことになる。
才能とはもっと広い意味で捉えた方がいい。
相対的な意味だけではない。
大人になると。いろいろ余計なことを考えて、
本質が見えなくなる。
子供を見てみろ。
必死で遊んでいる。
ひたすら走っている子。
ずっと砂遊びをしている子。
絵ばっかり描いてる子。
そう、何かに集中すること、没頭することが
すばらしい才能そのものなんだ。
そこには、お金も人からの評価も必要ない。
どんなくだらないことでもいい、
楽しいと思えるものに没頭し、
それを続ける力こそ、才能そのものなんだ。
誰にでも備わっている能力、
“没頭力”
それが、才能だ!
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