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それもまたよし!

思いつくまま 気の向くまま のんきに綴ります

自分の価値基準を持つ

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 春は変化の時期です。

 会社組織では、大きな人事異動があったりします。

 

そういう時期が近付づくと、他人に対してのいろいろな噂や憶測が飛び交います。

辞令が出たら出たで、またその話題で盛り上がります。

それでもいい噂ならまだいいのですが、悪い噂なら要注意です。

真実もありますが、個人的な感情だったり、単なる好き嫌いだったりもします。

第一印象が良くない人や、もともと合わない人の悪い話を聞くと

「やっぱりそうか…」と、その人のことよく知らないのに、勝手な悪いレッテルを貼ってしまいます。

 

ほんの少しの情報(悪い噂)で人を評価判断することは、本当に恐ろしいことです。

全く、害にしかなりません。心の中にマイナスのエネルギーを発生させるだけです。

そんなものに振り回されないように。

ましてや自分から悪い噂(悪いエネルギー)を広めないように。

悪口は言わす、いいことだけを言うようにしましょう。

人の悪口で盛り上がっても、本心は気持ち悪いはずです。

 

 

他人の判断ではなく、自分の価値基準を持つこと。

自分の中で「許せないもの」も当然あるでしょう。

それはそれでいい。しかし、他人はどうのこうの言うが、自分はどう感じているのか…ということを大切にすること。

特に悪いことに関しては。

その人を悪く見ると、本当にとんでもないやつに見えてきます。

逆に、いいひとだと思っていたり良い所を探そうとすると、必ず見えてきます。

別にいいひとぶってカッコつけろと言ってるわけでありません。

「いろいろな見方がある」ということに気づけ、ということです。

物事はすべてニュートラルです。いいか悪いかは見方次第、どちらにも転びます。

判断するのは後でいい。あまのじゃくでもいい。

「いや、ちょっと待てよ…」と

他人に簡単に同調するのをやめ、自分の価値基準を考えてみるだけでも、世界は違って見えてきます。直感も磨かれてきます。

 

これって、綺麗事ですか?

そう綺麗事です。

みんなで他人の悪口言ったり、偉そうに判断を下してる自分を、離れた所から見てみるがいい…。

なんて汚く見えるか…。

 

最後までお読み頂きありがとうございます(^_^)

それもまたよし!あまのじゃく!

 

『PK』これぞ映画!これぞエンターテイメント!


映画『PK』日本版予告

 

インド映画の、“懐の深さ”を改めて思い知らされた!

「PK」とは、酔っ払いの意味らしい。

アーミル・カーン演じる主人公が、酔っ払いのようなトンチンカンな質問をして、神様を探す旅に出る…。

「おまえ、PK(酔っ払い)か⁈」と言われることから、「PK」と呼ばれるようになる。

これだけ書くと、なんか全然つまらなそうな話だが… とんでもない!

実はSFでもあり、ラブストーリーでもあり、笑いあり、感動あり… 

とてもとても書き切れない!

 

できるだけ、ネタバレしないように個人的感想を書きます。

 

とにかくこの映画は長い! 2時間33分あります。

途中「インターバル」という字幕が出てきて、「えっ⁈まだ半分?」

前半でもかなりのボリュームなのに…。

「そりゃそうだろう。まだ何も解決してないよ。どうなるんだろう…?」

と思っていたら、後半はすごい勢いでストーリーが流れていく。

前半での伏線もしっかり解決されて「あーやられた!」

と思わず叫んでしまうほど!

こんなに長いのに、最後は心を鷲づかみにされ、泣かされてしまう。

とんでもない映画だ!

しかも、おなかいっぱになるのに、全然苦しくなく

本当にいい気分にさせてくれる。

 

宗教ネタを扱ってるのに、日本人も受け入れやすいのは、

明るくてカラフルで無邪気な「PK」目線のせい。

子供のような純粋な気持ちで世界を見ることができる。

 

社会問題、国際情勢、いろいろな人、いろいろな国の思惑… 

解決策なんて、あるんだろうか?

平和や幸福への道なんて、本当にあるんだろうか?

問題を発生させた人間が、考えて考えて…

解決策なんて見つけられるのだろうか?

それよりも、無邪気にこの世界を見て、不思議がって、おもしろがって、

楽しむことが大切なのかもしれない。「PK」に気づかされた!

 

と言っても、全然重い映画じゃやないですよ!

これぞ映画! これぞ至極のエンターテイメントです!

 

 

世界が本当に必要なもの、

人間が求め、目指さなければならないものは、このインド映画のような

“懐の深さ” なのかもしれません。

口で言うのも、言葉にするのも、あまりにも簡単なことです。

でも真剣に求めるほどの価値はあります。

 

最後までお読みいただきありがとうございます(^_^)

 インド映画はクセになる!

それもまたよし! 

 

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『世界から猫が消えたなら』を観て…


「世界から猫が消えたなら」予告ロングver

 

これは魂としての課題なのかもしれない

魂がどこへ向かうべきなのか…

それは人間としての頭ではわからない

死を間近に感じて初めて

人生のなんてない瞬間が

かけがえのないことだと知る

 

生まれて来てくれて、ありがとう

出逢ってくれて、ありがとう

 

それだけでいいはずなのに

不器用でもいいはずなのに

後になってわかる

 

そうなんだよ

 

と、何度も何度も教えられるのに

また忘れて、日々を過ごす

その繰り返し

 

 なぜだかはわからない

目的地もわからない

でも魂には必要なことなんだろう

 

素直に受けて、涙を流して

感じるままでいたらいい

また忘れてもいい

その瞬間に思い出して

ああそうだったんだ…

それでいい

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感じ方は人それぞれです。あえて詳細は書きません。

予告編ロングバージョンでもかなり感動しました!

 ちなみに、

動物アレルギーの人、安心して下さい!

“猫好き”用の映画ではありません!

 

久々に(ToT)  それもまたよし!

最後までお読みいただき

ありがとうございます(^o^)

 

“見返り”を求めない生き方

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「ボランティア精神が必要」とか

「他人のためにすることがすばらしい」とか

いう話ではありません。

今ここで言う“見返り”とは、自分がしたことに対しての反応や、“成果”と言う意味での“見返り”です。

 

誰にでもこんな感情があるかもしれません。

「これだけしてあげたのに…」

「必死で頑張ったのに…」

期待通りにならないと、人は落胆します。

そして、「この恩知らず!」と恨んだり、やる気を無くしておちこんだり…。

なぜなら それは、誰しも傲慢になりやすいからです。

期待通りにになったら気分良くて、そうじゃないと落ち込んだり荒れたり…。

傲慢以外の何者でもありません。

「謙虚がいい」とかそういうことではなく、

“見返り”や“成果”を求めることが一番ではないと気づくことです。

 

「見返りを求めない」とは相手を尊重することです。

こっちの思った通りにならないと怒る前に、自分は常に相手の思った通りのことできますか? 無理でしょ!

 

「成果を求めない」とは他人の評価を求めないことです。

自分の心の満足度を重視することです。

自分がやりたいこと、面白い!と思うことに取り組んでいると成果にこだわらなくなります。

 

今の社会、「成果主義」で動いているのは確かです。お金を稼いで食べていかなければなりません。

だから、せめて心の中の自分の基準だけは、

成果主義」ではなく「心の満足度主義」でいきましょう。

 

本当のことを言うと、

実は必ず“見返り”は受け取っています。

それは目には見えないもの。

形には表れなくても相手が感じる感情です。

信頼、好感、嫌悪、憎悪、それらは必ず自分に帰ってきます。

そして、自分自身の感情です。

達成感も、落胆も無力感も、全て自分のものです。

 それをどう捉え、生かしていくかは自分次第です。

 

 

なんて…   いつも思えるわけないよね  (ToT)

「こんなこと、あほらしくてやってられるか!」

と、よくつぶやいてる自分がいる… けど

それもまたよし!

最後までお読みいただきありがとうございます(^。^)

「なんとなく…」が実は正しい!

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「ちゃんと考えて行動しなさい。」

「理論立てて話しなさい。」

「理由は? 根拠は? 」

「思いつきで行動してはいけません!」

私たちは、そう教えられてきました。

論理的に考えるように教えられてきました。

確かに支離滅裂なことを言っていたら、人からは信用されません。

人間として最低限の社会ルールを守り、生活していかなければなりません。

コミュニケーションをとるための語彙力や思考力はやはり必要です。

しかし、論理的思考ですべてのことが解決できるかといえば、必ずしもそうではありません。

予想外の出来事は必ず何処かで起こります。

この世に、絶対はありません。

 

もっと言えば、考えても解らない!ということもあります。

いくら考えても答えが出ないってこともあるでしょう。

それでも、「いや、俺はいつも論理的に行動している。」

それはそれでいいでしょう。

しかし、人には得手不得手があります。

論理的に考えるのが苦手な人もいます。

私もどちらかと言えば、そっちです(笑)

 

論理的に考えて行動出来る人は、そうじゃない人よりそこそこの結果を得ることが出来るでしょう。世間一般の「成功」というものを手に入れる確率も高いかもしれせん。

 

では、論理的に考えられない人はダメなのか!?

 

決してそんなことはありません!

論理的に考えても、うまくいかないことはあります。

 確率が高いなんて言っても、本当のところ結果は誰にも分からないのです。

論理的に考えて行動しても、感覚的に行動しても、結果は大して変わりません。 

「そんな気がする」のも、確率が高いからそう感じるのです。

「人生の答」を出すのに方程式はありません。

逆に、瞬間的に感じる直感のほうが正しい答を出してくれるかもしれません。

 

なぜ論理的に考えようとするのか?

それは前にも書いたように、「安心したい」という本能があるからでしょう。

「論理的に出した答なら大丈夫」「誰に聞いても大丈夫」って思いたいからでしょう。

他人に聞かなくても大丈夫です。

 「なんとなく…」でも大丈夫!

説明できないけどそう思う。なんとなくそう感じる。

それでも大丈夫!と思うために必要なこと…

それは、心構えです。

 

心をオープンにして、偏見なく物事を観ること。

それによって、あらゆる情報が入りやすくなり、気づきも起こりやすくなります。

素直な気持ちを大切にしましょう。

 

また、経験を重ねることによって、自分の勘に自信が持てるようになります。

 

そして、どんな結果になっても「それもまたよし!」と開き直ること。

後悔しない!と覚悟を決めましょう。

慣れも必要です。どんどん直感で行動しましょう。大丈夫です!

 

ここまで書いてきて、最後に何なんですが… 

理由や根拠は、後からいくらでもつけられます。

 

「なんとなく…」が正しいと思うのは、

やっぱり、なんとなくそう感じるからです(笑)

こんなオチですいませんm(_ _)m

 

子どもの頃、怒られました。

「なんで、こんなことしたの!?」

その時言うのはいつも

「なんでも~!」

(これって関西ローカル?)

 

直感で決めましょう!失敗しても、それもまたよし!

最後までお読み頂きありがとうございます(^_^)

人生は いろいろあって当たり前

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 誰もがそうです。いろいろな悩みを抱えています。

その悩みも人によって千差万別です。

ある人にとっては何でもないことが、別の人にとっては生きてるのが嫌になるくらいのことだってあります。

その度合いもひとそれぞれ。気になるけど大丈夫な人もいれば、気になるから許せないなんてこともあります。

「まぁ、そんなこともあるさ。」と思えるときもあれば、そうじゃない時もあります。

八方塞がりな時もあります。

 

こんな言葉が浮かびました。

「人生は いろいろあって当たり前」

ほんの少し気持ちが楽になりました。

それでもまだ、「頭ではわかってるよ。そうはいってもなぁ~」としぶとく考えています。

どうしたらいいのか?

そんなのわかるわけない。わかってたらこうやって悩むわけない。

考えて考えて苦しんでたら、しんどくなってきて… 

「もういいやん!それでもいいやん!」って思ってしまいました。

そう 「それもまたよし!」です。

 

もう一度考えてみました。

「人生は いろいろあって当たり前」

友達のことで悩むのも当たり前。

異性のことで悩むのも当たり前。

学校の成績で悩むのも当たり前(気にしない子もいるけど笑)。

友達と悪ふざけが楽しいのも当たり前。

彼女ができて有頂天なのも当たり前。

仕事の充実感も当たり前。挫折感も当たり前。

家族の悩みも当たり前。

気分が落ち込むときがあるのも当たり前。

最高に幸せな気分になるのも当たり前。

人生、最悪!最低!と叫びたくなるのも当たり前。

 

それら全ては、当たり前で正しいことなんです。

だからそれでいいんです!

幸せでいいんです! 

苦しくていいんです!

最低!と思っていいんです。

「人生、最低! それもまたよし!」

あースッキリした!

 

最後までお読み頂きありがとうございます🍀 

ひとはひと 自分は自分 比べない

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幸せな人生を送る秘訣、

それは「人と比べない」ことです。

頭ではわかっていても、そう簡単にはいきませんね。

私たちは子供の頃から、比べられて、評価されて、点数を付けられて育てられました。

躾(しつけ)という点では、よかったことがあるかもしれませんが、人と比べることで苦しくなったり、コンプレックスを感じることがあるのも事実です。

社会に出ても、比較や評価はずっと続きます。

気にならない人はいいですが、気にしないと給料や生活に関わるというのが本音でしょう。

でもやっぱり、気にしない方がいいに決まってます!

 

では、どうしたら人と比べず、人目を気にせず生きていくことができるのでしょうか?

 

 

これはひとつの考え方です。

 本当に大切なもの”や“真理”は、目に見えないもの、数値で表せないものの中に隠れている

 

人間には自己防衛本能により、「安心したい」という欲求があります。

そのために、今までいろいろなものが発達してきました。

科学的な解明、理論の発見、数値で測る技術の発明、分析、分類。

いろいろなものを乗り越え、安心してきました。

安心したいために、ルールを作り、共有してきました。

そして不要なもの邪魔なものは排除して、また安心しようとするのです。

だから、目に見えるものを一生懸命比べて分析して評価しようとするのです。

 

しかし実際は、世の中は  目に見えないもの  で動いていると言っても過言ではありません。

あなたは異性と付き合い、そして結婚するのに何を基準にしますか?

容姿? 性格? 収入? それって本当の基準があるのですか?

人の好みは千差万別。一目惚れした人が、他の人から見れば「えっ?」というようなこともあります。これも  数値で表せないもの  です。

人は感情によって動いています。その感情が集まれば事件も起こるし、歴史が動くなんてこともあります。

 目に見えないもの、その力はすごいエネルギーを持っているということです。

 

もし、人と比べて劣等感を抱くことがあっても、違う面では自分はすごく恵まれていて幸せだということを思い出してください。

大好きな人を思い出してください。

家族の顔を思い浮かべてください。

その時のフィーリングはどうですか?

一番好きな趣味は?

その恍惚感を思い出してください。

 言葉では表せないその幸福感。

そういうフィーリングが、実はすごい力 すごいエネルギーを持っているのです。

 

目に見えるものだけで判断するということが、どれほど頼りないことか、分かっていただけたでしょうか。

比べることは何の意味もありません。

 

「うちの子、成績あまり良くないぁ… でも、みんなに優しいし、毎日楽しそうにに学校行ってるし… 」

それでいいよ!

「出世街道から外れてしまった! …でも、生活はできるし、休みの日にはこうやってスタバでゆっくり過ごせるし(笑)、楽しいなぁ!」

それでいいよ!

 

見えないけれど、大事なものはたくさんあります!そう、自分の中にも!

人と比べてる場合じゃないですよ!

 

最後までお読み頂きありがとうございます。

自分にも言い聞かせてます…それもまたよし!